第74回 コルビジェも感動した煉瓦構造

ガウディは作品の管理で
建築家は、<<作り方を知っている>>工事職人を利用することを知らなければならない。それぞれの優れている部分を利用し、協力しあう事により、総合力でより完璧となる。
この様に安心して仕事をすることで施主に対して完璧な信頼を受けることになる。

と唱っている。

私も江別のモニュメント計画では、少しだけ職人の世界を覗かせてもらった。
より実感する為に私も煉瓦やタイル割りそして掃除も一緒に行った。
しかも、ボールトの最後の仕上げである要(かなめ)煉瓦を入れさせてくれたのは光栄な想い出となった。結果として日本で初めて煉瓦だけによるボールトを作り得たのである。

このような工法が日本全国に普及されると、施工材料は勿論のこと工事期間の短縮からコストに大きな違いを示す事になるだろう。
そうなると、今までの高価とされていた煉瓦に対する日本における概念を打ち砕く事にもなり得る。それでもっと素晴らしい煉瓦建築が日本から再普及し始めるような予感すらさせてくれた。
日本での煉瓦造の導入は、ジョサイヤ・コンドルが日本の東京工部校(東京大学)で1877年に初めてイギリス風の煉瓦技術を指導したときから始まるとされていることから、まだ130年しか経っていないことになる。

確かに煉瓦建築による技術は日本では浅いが、その技術が一向に進歩していないというのも事実である。それは多分に、イギリス型の重厚な煉瓦建築の組石造の概念から、どうも抜けきれないのだろうというのが実感である。

ガウディを先頭に、スペインの煉瓦技術は非常に有機的であり彫塑的であるという概念に、どこかでチャンネル変更できるようにしなければならない。

そうなると消費者の方の選択肢も増えて、さらに彫塑的な、芸術的な表現が建築空間に取り入れやすくなる。
はたしてそれが日本の土地に相応しいのかどうかは、それぞれ建築を計画する者による判断となる。

ところが、人によっては「スペインは地震がない国からそのような煉瓦による構造体でもできる」などと言う人もいるくらいである。
では彫刻や芸術の都には地震が全くないかというとそうではない。
むしろ地中海沿岸は地震地区である。
最近のトルコの大地震は生々しい。イタリアのベスビオ火山付近でも地震がある。
勿論スペインでも15世紀には大きな地震があって、かなりの建物が傷んだと歴史上語られている。
ではどうしてのそのような国に組石造が今でも伝えられているのだろうか。
1つは伝統工法を信じて止まないというのが事実であり、日本でも相変わらず木造による軸組が存続し、さらに最近では鉄筋コンクリート造によるラーメン構造等という名前に展開されているのと同じである。

スペインでは、従来の煉瓦や石による壁構造からさらにボールトを取り入れて構造強度を増す事を考えた。
ガウディはさらに、構造の一体化又は様式の一体化ということを示唆していた。
その一連の構造形態から軽量でしかも強靭な形のシェル構造が普及し、近代建築では大きく取り上げられていた。
それも実はガウディの付属小学校の煉瓦構造に感動した、ルコルビジェによる普及運動の成果と記憶している。

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この記事を書いた人

実測家、建築家・工学博士

バルセロナに住みながらガウディ建築物の実測とその図面化を行う。特にサグラダファミリアの実測図 (1/50 の断面アイソメ図)には5年、グエル公園の全体立面図には8年の年月を要した。実測の過程で、ガウディ建築に込められたデザイン・構造・神話、さらに地域性やアイデンティティを縦横に読み解いていく。その他、研究を生かして1998年からユネスコ・フォーラムの招請を受けてベラクルスのサン・ホワン・デ・ウルワ城塞修復計画ワークショップをする。以来、全国において、ガウディ、実測、 歴史、コード、作図についての説明を60回以上の展示会・講演会、まちづくりワークショップ活動と共に進めて現在に至る。特にガウディの煉瓦構造とその素材を生かした応用として北海道江別市のモニュメントBT1をはじめとして、ガウディの生誕の町リウドムスでのアルブレ広場では日本とスペインの特性を生かした改修計画、ガウディのデザイン手法を生かした東京都府中市の北山幼稚園のデザイン・設計施工を手がけた。2015年にはバルセロナ建築士会での田中裕也の作図展やサロンデマンガの作図展、続いて2016年には、初めて銀座の渋谷画廊にてガウディ建築の作図展を行った。

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1952年9月30日北海道稚内市生まれ

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