第66回 カサ・ミラはガウディのオリジナル作品か?

ガウディは建築における音響について“円筒と言われる建築スタイルは堅く不活性な塊であって、安定性とは関係なく光には障害となるものである。その堅さと結合にはフープ(帯)、縦溝、モールディングによって種類が与えられる。曲面を使う理由は、モールディングを必要とせず、それ自体が場所に応じて適応し、空間に塊や不活性なものを避け、光りも多く取り入れこれによって音響も良くなる”と語っている。

ガウディにとって、音は重要な建築ファクターであったことは説明するまでもない。
形によって音が変わることの体験は彼の幼少時代に遡ることもできる。
建築家が音に関心がなければ、非常に住みにくい空間になってしまうのも間違いない。
煙突の形によっては、笛の様な効果を醸し出すだろう。
穴の形状によっては風の入り具合で管楽器のような効果にもなり得る。そんな音を想像しながら階段からパティオの実測。外壁部分の窓の大きさと形状や、柱の形状とその位置関係が気になっていた。ところが外壁部分では、柱とも壁とも判断がしにくいような形状で、開口部の形を比較しながら階段も測ることにした。

ガウディ研究ワークショップとピレネー山脈ロマネスク建築ツアー
10月に行われた「ガウディ研究ワークショップと
ピレネー山脈ロマネスク建築ツアー」での写真

ガウディの利用する階段は、グエル公園とカサ・バトリョのものから次第にそのガウディサイズが見えてきた。そんな経験をもとにしてカサ・ミラの隣地境界壁面にある階段を測っていた。随分と曲がりくねった階段である。
どうしてこんなに曲がらなければならないのか疑問に思っていた。
そんな階段が、さらにパティオに面して2カ所あるのでそれも測る。
蹴上はどの階段も共通していることが解ってきた。
この作業から各階の高さも想定できた。

その階段室から各部屋の位置を確認する。取りあえず始めは実測しえる部分だけのデータを下にして透視図を描く準備をした。
屋根裏階のアパート部分の実測もセサール・マルティネールによる実測図と私の実測を合成しながら修正を加えた。最初に屋上階の放物曲線だけのアイソメは描けると思いその製作を始めた。
その作図でアーチの弦の高さがそれぞれ違う事に気が付いた。それらがどのような相関関係にあり、幾何学的にどんな関係なのかを自分に問いかけた。

解答を得るために、放物曲線アーチを施工するための原寸図をどのように現場で描くのかということからはじめた。
それぞれ曲率や弦の高さが違うアーチをどのように施工するのだろうか、というようなことも考えながらの実測であった。

幾何学の知識は、建築施工処理を容易にしてくれる。
その基本姿勢を崩さずにガウディの建築手法をも考えることができると思っていた。
セサール・マルティネールによる平面の外壁輪郭と私の実測値を参考にしながら作図を始めた。作図制作の方針としてはガウディ建築当時の姿を再生してみようという作業にした。

カサ・ミラもガウディの作品であるにも関わらず、オリジナル性の真意が問われるのである。というのも “悲劇の週間”を境にガウディはこの作品の現場から手を引いてしまうので、ガウディとカサ・ミラの関わりは1909年までということになる。
ところがその時点で、作品はまだ完成していなかったのである。

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この記事を書いた人

実測家、建築家・工学博士

バルセロナに住みながらガウディ建築物の実測とその図面化を行う。特にサグラダファミリアの実測図 (1/50 の断面アイソメ図)には5年、グエル公園の全体立面図には8年の年月を要した。実測の過程で、ガウディ建築に込められたデザイン・構造・神話、さらに地域性やアイデンティティを縦横に読み解いていく。その他、研究を生かして1998年からユネスコ・フォーラムの招請を受けてベラクルスのサン・ホワン・デ・ウルワ城塞修復計画ワークショップをする。以来、全国において、ガウディ、実測、 歴史、コード、作図についての説明を60回以上の展示会・講演会、まちづくりワークショップ活動と共に進めて現在に至る。特にガウディの煉瓦構造とその素材を生かした応用として北海道江別市のモニュメントBT1をはじめとして、ガウディの生誕の町リウドムスでのアルブレ広場では日本とスペインの特性を生かした改修計画、ガウディのデザイン手法を生かした東京都府中市の北山幼稚園のデザイン・設計施工を手がけた。2015年にはバルセロナ建築士会での田中裕也の作図展やサロンデマンガの作図展、続いて2016年には、初めて銀座の渋谷画廊にてガウディ建築の作図展を行った。





1952年9月30日北海道稚内市生まれ

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