第8回 実測の課程で湧き上がる、鐘楼の謎

実測だけに専念できればスムーズに作業が進んで良い。
がそれだけでは済まないのがこの作業の面白さである。
エレベーターがあるにも関わらず、よりによって薄暗く狭い階段を利用したいというビシターがいる。できればビジターは他のアクセスを使って欲しいというのが本音だがそんなわけにもいかないので、仕方なく合間を縫って作業を進める。

人の好奇心というのは、私も含めて時には条件を選ばない。
階段を昇って高さを経験したいという人達、エレベーター代を払いたくない人達、内部を覗きたい人達、塔からバルセロナの街を眺めたい人達など色々なタイプがある。

ガウディは“試練がないうちはうまくゆかない。試練は納得への手段である。”という言葉を残している。
この世の中で“棚から牡丹餅”などといった具合にうまく事は運んでくれない。
つまり自分から動かなければ何も事が起こらない。
動くことは怠惰との戦いである。一歩踏み込めば良いのにその一歩がなかなか踏み込めないことがある。これを金縛りともいう。“夢での金縛り”ではなく“因習による金縛り”である。“解っているけど止められない”と言う昔のクレイジーキャッツの植木等が歌っていた文句の一節にも似ている。
それに対応するのに “背水の陣”と言う中国の諺を想い出す。
つまり通常は潜んでいる各人の底力を奮い立たせるのである。
怠け者にとっては容易なことではないが、チャンスを求めようとするときには自分からきっかけをつくらなければならない。

実測から作図の過程で“測り漏れ”があったりすることに気づき、何度となく測り直しとなり、そんな思いで自分を鼓舞する。
無駄なく測ったと思っているからこそ、また現場に戻るというのは至極しんどい事である。
そうこうしている内にこの階段室の仕組みも理解できるようになる。

目次

謎のスリット状の開口部と、放置されたままの鐘

理解が進むにつれ、鐘楼内部に連絡するよう設けられた6カ所の開口部が気になり出した。
その中を覗いてみると、それぞれ容積の異なる八角シリンダー状の部屋があり、中央の天井と床には1.5mの円形の穴が開いている。
この部屋は、縦長スリット状開口部から光りが漏れてくる程度の明るさ。天井部分を見上げると、中央部の開口部以外は薄暗くて良くは見えない。
その最上階では、ワイン・ボトルの頸のような形のボールトで仕上げられ、その頸にも縦のスリットが身廊側に向いて開けられている。ところが隣にあるユダの鐘楼ではそのスリットが道路側に向いている。またボールトの上部には階段状に仕上げられてその部分もそのスリットの開口部と方向を同じにしている
そのスリットが各鐘楼で向きが違っているのはなぜだろうか?これが鐘楼における最初の疑問であった。

鐘楼
鐘楼

これらの鐘楼には、いずれ鐘が設置される予定になっている。だがまだその設置計画の予定はどこからも聞こえてこない。しかしそのことは、写真と、誕生の門ベルナベ鐘楼最上階に、実験用として作られたと思われる一本の筒状の鐘が置かれていることからわかる。

既に黒ずんだ緑色の腐食が進んだ鐘は、長い間、寂しそうに壁に寄りかかるように放置されている。
ところがガウディ当時の模型写真と比較するとそれが果たしてガウディの求めていた鐘なのかは疑わしい。

いずれにしろバルセロナの街に鳴り響く程の大きな音がでる筒状の鐘になるはずである。
ここでガウディの鐘に関連する文献を調べてみることにした。

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この記事を書いた人

実測家、建築家・工学博士

バルセロナに住みながらガウディ建築物の実測とその図面化を行う。特にサグラダファミリアの実測図 (1/50 の断面アイソメ図)には5年、グエル公園の全体立面図には8年の年月を要した。実測の過程で、ガウディ建築に込められたデザイン・構造・神話、さらに地域性やアイデンティティを縦横に読み解いていく。その他、研究を生かして1998年からユネスコ・フォーラムの招請を受けてベラクルスのサン・ホワン・デ・ウルワ城塞修復計画ワークショップをする。以来、全国において、ガウディ、実測、 歴史、コード、作図についての説明を60回以上の展示会・講演会、まちづくりワークショップ活動と共に進めて現在に至る。特にガウディの煉瓦構造とその素材を生かした応用として北海道江別市のモニュメントBT1をはじめとして、ガウディの生誕の町リウドムスでのアルブレ広場では日本とスペインの特性を生かした改修計画、ガウディのデザイン手法を生かした東京都府中市の北山幼稚園のデザイン・設計施工を手がけた。2015年にはバルセロナ建築士会での田中裕也の作図展やサロンデマンガの作図展、続いて2016年には、初めて銀座の渋谷画廊にてガウディ建築の作図展を行った。





1952年9月30日北海道稚内市生まれ

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