第55回 自然の力は偉大であり、意匠の原点は自然にある

ガウディは忍耐について“忍耐は待つことにある。消極的にではなくたとえ解決が見えなくとも忍耐強く仕事をすることである。”と言っている。

毎日実測を重点的に進めるために、カサ・バトリョの次の作業としてガウディの軌跡を辿るカサ・ミラの実測と作図を断行するしかないと決意した。
ところがその為には未知数の時間が必要であった。初めは、視覚的なインパクトから不定型な建築であると思い、なかなか前に進まずストレスも溜まっていた。そして毎日の日常の言語と生活維持に悩まされていた時期でもあった。
自らの単語力やヒヤリング力を養わなければと思っていたスペイン語の習得には、語学学校へ通うというのは確かに効果があった。しかしそれ以上にスペイン語には悩まされ、頭は錯乱状態であった。
それでも「悩むのもバラ色の人生」と思えるように耐え凌いでいた。
もともと自分の記憶力は自負する程ではないが、スペインの生活習慣で悩み、研究で悩み、実測に梃摺っていたそんな最初の1年半の歳月は非常にハードであった。
でもそんな毎日があったからこそ今の自分を築くことができたのかなと思える。

何処にでも見られるような人生の歩み方なのかもしれない。
そんなちっぽけな人生の中で自己主張を貫いてきた。
これからもそのように進むしかないと信じている。
そんな葛藤の中でこのカサ・ミラは私にとって一大転機ともなる。
結果としてこの実測に一年以上もかけていた。
だがそこで得たデーターからは煉瓦の特性と破砕タイル、さらにボールトの特性をも掴むことができるようになった。
同じ物を一年も見続けているとカサ・ミラに穴が空きそうな気もするが、既に不定形の穴(窓)は沢山ある。これはガウディの凝視がこのような穴にしたのかも。
一方、イベリア半島に見られる穴居住宅のような気もしないでもない。
だがその“意匠の原点は自然にある”というガウディの姿勢からすれば、身の回りのものから閃くというのは、別に建築家でなくても創作の世界に携わる人達にとっては日常茶飯事のはずであると納得できる。

ふと私も冬の幼稚園時代に広場で雪の洞窟を作って楽しんでいたことを想い出した。
場所によっては自然の亀裂などを利用した洞窟や鍾乳洞の中で生活していた痕もあるくらいだ。昔の洞窟は入口部分も含めて丸みをおびた穴が多い。私が今まで見た洞窟の中でもっとも興味を持ったのは、北スペインにあるプエンテ・デ・ビエスゴの洞窟で2万年前のものである。内部は未来住宅のような別世界の空間である。

川砂利だって川上から川下にたどり着くまでの間に、角のあった石が丸くなってしまうわけで、自然の力というのはこのような例えにもなる。
また水で石を割る、削る、という現象が自然に起こっているのも事実である。
大洪水になれば、車も家も水の流れに呑み込まれてしまう程のパワーがあるということは、一度くらいならみんなどこかで経験をしているはずである。

一昨年の東南アジアでの津波は記憶に新しく、自然の猛威を示している一例である。
このようにして他にも一瞬信じられないことが私達の身の回りで沢山起きている。

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この記事を書いた人

実測家、建築家・工学博士

バルセロナに住みながらガウディ建築物の実測とその図面化を行う。特にサグラダファミリアの実測図 (1/50 の断面アイソメ図)には5年、グエル公園の全体立面図には8年の年月を要した。実測の過程で、ガウディ建築に込められたデザイン・構造・神話、さらに地域性やアイデンティティを縦横に読み解いていく。その他、研究を生かして1998年からユネスコ・フォーラムの招請を受けてベラクルスのサン・ホワン・デ・ウルワ城塞修復計画ワークショップをする。以来、全国において、ガウディ、実測、 歴史、コード、作図についての説明を60回以上の展示会・講演会、まちづくりワークショップ活動と共に進めて現在に至る。特にガウディの煉瓦構造とその素材を生かした応用として北海道江別市のモニュメントBT1をはじめとして、ガウディの生誕の町リウドムスでのアルブレ広場では日本とスペインの特性を生かした改修計画、ガウディのデザイン手法を生かした東京都府中市の北山幼稚園のデザイン・設計施工を手がけた。2015年にはバルセロナ建築士会での田中裕也の作図展やサロンデマンガの作図展、続いて2016年には、初めて銀座の渋谷画廊にてガウディ建築の作図展を行った。





1952年9月30日北海道稚内市生まれ

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