第57回 経済的に何も生み出さない作業がもたらすもの

“芸術家は、小さな栄光の作者としての虚栄をすてるべきである。
作品を作っても自慢せずに精神的満足と真実の栄光となるようにしなければならない。”
とガウディは言っている。

ぎこちないスペイン語による日常生活が続き、併せて不定形な形の建築を目の前に実測するというのは途方にくれてしまう。
カサ・バトリョの実測ではまだ測りやすい部分もあったが、カサ・ミラでは、道路側のどの窓や柱も1つとして同じ形はない。まるで人体の実測をするような気分にもさせられたことを想い出す。
それでも階段蹴上とパティオの柱位置の程度ぐらいならなんとか計れると思った。

予め頼れる基準点のようなものが必要と感じて、カサ・バトリョの経験を生かそうと思い階段蹴上を選んだのだ。各階の高さを確認してからパティオ側の柱位置を実測し階段位置を定める。

実測中にある人から“そんなものを計ってどうするのかと”尋ねられることがある。
そこで決まって答えるのは、“ガウディは図面を描いていないので作図します”と答える。
次ぎに“何処の依頼でそんな作業をするのか”と迫ってくる。その時は、これは“私の趣味”と返す。それだけで質問は済まないこともある。
最後に“ではその作業を経済的にどのように支えるのか”と尋ねてくる。
そこで私は“この作業はボランティーだから、生活は自分で他の仕事を見つけてこの作業を維持する“と返す。そうすると尋ねてくる人は、口をぽっかり開けて唖然とした表情になる。
この時ばかりは、私も“自分がそんなに物好きな人間なのか”と感じる瞬間である。
人によっては“馬鹿げた人だとか大馬鹿者”と言われることもある。
いずれにしても日常では見向きもしないような作業をしているといえるだろう。
“昔何かしようと思ったら人の嫌がるような作業を率先してすること”と言うことを聞かされたことがある。父親の言葉か学校でのことか思い出せない。
もともと競争事の好きではない私は、この言葉の中に人を出し抜くような意味が含まれているような気がして好きな言葉ではない。
しかし解釈によっては、人が寄りつかない事というのは、全く馬鹿げた事、汚い事、つまらない事、危険な事、それか未知の事、理解できない事、些細な事、等々と解釈できるが。
人生において、毎日生活することは大変な事である。
その大変な生活の糧にもならないような作業を続けると言うことは、余程の目的意識がなければなせる行為ではないと信じられるようになる。
ではどうしてそのような作業に固執するのか。
その副産物が、巨大な精神的富となって自分に反映されることもあるということを体験してきたからである。
これは経済的云々ではない。
単に個人の意思や感性だけの問題であるといえる。

そして
意思と夢は、太い線で結ばれるべきだと思えるようになってきた。

ここでガウディのテーマに戻る。
ベルゴスとの会話によると“第2計画では階段で最上階まで上がれる”様な計画であったが、その形態は素直な螺旋階段ではない。

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この記事を書いた人

実測家、建築家・工学博士

バルセロナに住みながらガウディ建築物の実測とその図面化を行う。特にサグラダファミリアの実測図 (1/50 の断面アイソメ図)には5年、グエル公園の全体立面図には8年の年月を要した。実測の過程で、ガウディ建築に込められたデザイン・構造・神話、さらに地域性やアイデンティティを縦横に読み解いていく。その他、研究を生かして1998年からユネスコ・フォーラムの招請を受けてベラクルスのサン・ホワン・デ・ウルワ城塞修復計画ワークショップをする。以来、全国において、ガウディ、実測、 歴史、コード、作図についての説明を60回以上の展示会・講演会、まちづくりワークショップ活動と共に進めて現在に至る。特にガウディの煉瓦構造とその素材を生かした応用として北海道江別市のモニュメントBT1をはじめとして、ガウディの生誕の町リウドムスでのアルブレ広場では日本とスペインの特性を生かした改修計画、ガウディのデザイン手法を生かした東京都府中市の北山幼稚園のデザイン・設計施工を手がけた。2015年にはバルセロナ建築士会での田中裕也の作図展やサロンデマンガの作図展、続いて2016年には、初めて銀座の渋谷画廊にてガウディ建築の作図展を行った。





1952年9月30日北海道稚内市生まれ

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