第62回 模型をベースに建築施工されたカサ・ミラは、実は建築許可申請図が市役所に提出されていた

ガウディは建築の曲面体について、“修正面(Superficie reglada)の利用は彫塑的に論理的で、建設には容易である。放物曲線は父であり、全てに適応している…。”と説明している。

この場合の修正面とは、準線でできる面又はDNAの遺伝子のような部分を修正面ということであるが、他の表現の仕方としては橋の両端に横たわる板のことを修正面として理解すると解りやすいかも知れない。これでも理解しにくいかも知れない。では実際に石膏模型を作るとき、定規を使ってコテ押さえする様にして面を均すことに由来しているようだがこれではどうだろうか。
それが螺旋状であったり放物双曲面体であったりする。
つまり定規と母線の動き方で面の形が変わるのである。

カサ・ミラの最大の特徴は、ファサードと幾何学の彫塑性である。
ファサードはスペインやカパドキアの穴居住宅にも似ているが他にガウディの実家周辺の山脈にもそのような景色を見つけることができる。
モンサン山脈、モンセラー山、ピレネー山脈などガウディにとっては身近な景色を見るだけでも想像はつくが、それだけではカサ・ミラのファサードに至るとは思えない。建築の場合はさらに用途と機能が必要になるが、初めて見る人によっては曲線だけの建物ということで、どこからどのように実測するのか疑問になるはずだ。
ガウディは、この計画の為に建築許可申請図を市役所に提出しているのは確かである。しかし詳細においては、実際の建物とはかなりの違いがある。
これらの作品を施工するに当たってガウディは、模型をベースに施工していたことは既に知られている。
カサ・ミラは10分の1の石膏模型が施工現場の地下に置かれていたのだ。

私は巻き尺をもって手の届く範囲で開口部の寸法を測った。
合わせて周辺のスケッチも始めた。
一時は実測重視というより、観察しながら作品のご機嫌を伺うようスケッチに没頭して、実測の可能性を検討していたのである。
来る日も来る日も、不思議な柱と不定型な窓と壁面の取り合いをスケッチしながら、影も入れて込んでいた。
円形パティオとトラック形のパティオの実測も同じように進めた。

外観を毎日見ていると、殆ど南東方向からの日差しを気にするかのように、影が窓や壁に深く落ち込む事に気がつく。
それらの整理をしているうちに、次第に全体透視図の下書きを手がける気になってきた。
最初に取りかかった作業は、建築面積1323.54平方メートルの平面をアイソメ図上に並べ、次ぎに外壁とパティオ側の壁を立ち上げる。
当時ロサ・セヒモンがホセ・アントニオ・フェレールから購入したこの土地は1835平方メートルであった。カサ・ミラの建物は、拡張地区に嵌っている建物の敷地を利用して建てられている。敷地面積のうち約512平方メートルはパティオのスペースに当てられていると言うことになる。さらに各階には四戸の住居を考え、住宅部分の平均階高は3.5mである。

各戸の床面積は約320平方メートルであるが、因みに当時の家賃は1500ペセタとなっている。
当時の日給が、職人で5ペセタの時代であるから家賃は300倍となる。
つまり職人さんの月給では家賃の1/10にしかならない勘定でありそのレベルの人では借りることができないアパートということになる。

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この記事を書いた人

実測家、建築家・工学博士

バルセロナに住みながらガウディ建築物の実測とその図面化を行う。特にサグラダファミリアの実測図 (1/50 の断面アイソメ図)には5年、グエル公園の全体立面図には8年の年月を要した。実測の過程で、ガウディ建築に込められたデザイン・構造・神話、さらに地域性やアイデンティティを縦横に読み解いていく。その他、研究を生かして1998年からユネスコ・フォーラムの招請を受けてベラクルスのサン・ホワン・デ・ウルワ城塞修復計画ワークショップをする。以来、全国において、ガウディ、実測、 歴史、コード、作図についての説明を60回以上の展示会・講演会、まちづくりワークショップ活動と共に進めて現在に至る。特にガウディの煉瓦構造とその素材を生かした応用として北海道江別市のモニュメントBT1をはじめとして、ガウディの生誕の町リウドムスでのアルブレ広場では日本とスペインの特性を生かした改修計画、ガウディのデザイン手法を生かした東京都府中市の北山幼稚園のデザイン・設計施工を手がけた。2015年にはバルセロナ建築士会での田中裕也の作図展やサロンデマンガの作図展、続いて2016年には、初めて銀座の渋谷画廊にてガウディ建築の作図展を行った。





1952年9月30日北海道稚内市生まれ

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